作曲者の解説にある一文「青春になり得る可能性が高い」はとても面白い言い回しだなと思いました。
「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ」とは、アメリカの詩人サミュエル・ウルマンの言葉。
(この点では作曲者の解説文とはやや乖離しますが)青春とは年齢ではなく、意思や情熱とともにあるものだと私も思います。
ですので、「青春になり得る」という表現が印象に残りました。
タイトルに含まれる「ブルー」もまた、それ自体が面白い言葉ですね。
空や海・・広大な自然の色ですが、ポジティブな意味合いを持つと同時に、マリッジブルー、マタニティブルーなどのように鬱々とした孤独や寂しさを表現する際にも用いられます。
孤独や寂しさ・・いやぁそれこそが青春だなぁ!と私なんかは思うのですが、私の話は深入りせず横に捨て置きましょう。
この記事は今年6月5日、相愛大学において行われる「全日本吹奏楽コンクール 2022年度課題曲講習会」で使用する草案として作成しているものです。
課題曲IV「サーカスハットマーチ」はこちらからどうぞ。
まだ講習会まで日がありますので少しずつ書き足すこともあるかと思いますが、一度公開してみようと思います。
当日はモデルバンドでの実演を挟みながら、もう少し踏み込んだ内容になるかと思いますので、ご興味のある方は是非ご来場ください。
入場無料ですが、事前申し込みが必要とのことです。
では、まずは曲を構成するメロディやハーモニーについて触れ、その後にいくつかの場面を順に追っていければと思います。
全体の印象
メロディについて
楽典の譜例として使いたいくらい倚音のオンパレードです。
倚音とは、あるハーモニー上に突如として現れる非和声音で、次の音で本来あるべき箇所(上下どちらか隣)に移動する音のことを言います。
非和声音はメロディに一時的な緊張を与えて音楽を豊かにするものですが、倚音は強拍に存在するため、他の非和声音に比べてエネルギーが大きいのが特徴です。
すっきりと鳴るハーモニーに対して形成されるひずみのようなもの、それは在るべき箇所に戻りたい情動を秘めています・・まさに青春、というか思春期。
一方、カウンターライン(対旋律)は順次進行か分散和音によるシンプルなものが目立ちます。
鮮やかな対比をつけて演奏したいです。
ハーモニーについて
現場に行くと、コードネームが全て書き出されているスコアを見ることが多々あります。
それ自体は良いのですが、「めっちゃ頑張りましたね・・」と驚いてしまうくらい、瞬間的に鳴っている全ての音を拾われている方も少なくありません。
(例えば5小節目を B♭M9 と捉えるように)
一つ一つの例を取り上げるとキリがないので省きますが、非和声音はハーモニーに影響を及ぼすものではない(と断言するのもまずいのですが、この曲においてはその理解で良いです)ので、メロディと切り離して考えることも必要かもしれません。
どの瞬間もトロンボーンとホルンが奇を衒うことのない素直な響きを形成していますので、ハーモニーを取り出す時は中低音のみを見れば良いと思います。
「III」の和音が多用されていることはこの曲の大きな特徴です。
変ロ長調 ( B dur ) ですと D-F-A の三和音、最初の登場は練習番号 A の2小節目ですね。
この和音は扱いが結構難しく・・
音楽史上、その登場は偶発的と言って良いのでしょうか、分類上はトニックながらその性質は強くはありません。
また、調性が長調であれば短三和音になるので(逆に短調であれば長三和音となります)、わずかに憂鬱な影を落とします。
「青」という言葉には「若い、幼い」という意味がありますが(青二才とか)、「ブルー」のように憂鬱さを表す意味を持ちません。
作曲者が「ブルー」という言葉を用いたのには思春期特有の仄暗さをイメージしていたり・・?
まぁ行進曲「青春」だと、連想される世界観がかなり変わってしまいますしね。
オーケストレーションについて
まずはクラリネットの健闘を祈らねばなりません。
そして、サックスの立ち位置も事前にしっかりと決めておきたいですね。
クラリネットとのユニゾン(アルト)かトランペット群と同じハーモニーを取っているかの二択でしょうか。単独で音を取っている場面はありません。
引っ張るのか支えるのか、それでサウンドの指向が大きく変わるかと思います。
いわゆるハモリや、ハーモニーを形成する場合のバランスも気をつけたいところです。
この曲に限らずですが、3パートの場合、上から順に重要度が定まっているわけではありません。
響きの性格を決める重要な音を 3rd が担当しているというのは普通に起こり得ます。
(なんなら、全楽器の中でもそこにしかない、ということも普通に起こり得ます)
小編成対応の課題曲ということですので、編成的に様々な課題を抱えたバンドによるトライも少なく無いでしょう。
技術的なばらつきは時間をかけて解決を図るべきですが、問題は人数が足りなくて音が欠如する場合。
例えばトランペットが2名しかいない場合、3rd を削ってしまうと諸々成り立たない場面が少なくありません。
じゃあ 1st、3rd を選択すれば良いかというと必ずしもそうとは言い切れない。
同一パート間の移動は認められているようですので、ある程度柔軟に対応したいところです。
・・とは言え、縦横無尽にパート間を行ったり来たりでは流れというものが失われてしまい本末転倒・・難しい話ですね。
だからこそ、小編成を想定して書かれた作品に大きな需要があるわけですし。
いずれにせよ、欠員が出る時は「失われる音」をよくよく確認しておくことは必要かなと思います。
では、少々駆け足ですが、曲の進行に従って感じたことを記していきます。
シーンごとの印象
イントロ
3小節目の cresc. を受けて、4小節目で実質 ff に到達した音量は、わずか1拍半のうちに mp まで落とされます。
「実質 ff 」と書きましたが、3拍目裏の mp を意識してあえて ff を書かなかったのかなと感じました。
練習番号 A
登場に気をつけたい第一マーチのメロディですが、アウフタクトの3音は非常に印象的です。
3音のうち前2つは属和音の構成音ですが、いずれも限定進行音(和声的に次の行き先が決まっている音)です。
3つ目は逸音ということになるでしょうか。
要するに、とても不安定な音のみが狙い撃ちでピックアップされているように思います。
例えば、もしも頭の A音が F音であれば、このような不安定さはなかったでしょう。
「跳躍する際に、下方にある音はしっかり吹く」とはセオリー、F音から始まるのであれば私も「そこに重心を・・」と強く申し上げたかと思いますが、なかなかそのように言いきりにくい場面かもしれません。
いずれにせよ、tutti をしっかり減衰しなければ間違いなく頭の A音は埋もれてしまいますので、decresc. 組は鮮やかに捌けたいですね。
ここからメインテーマとも言える8小節間のメロディを奏でますが、前半4小節はほぼトニックの中で進行するのに対し、後半の4小節は大きなエネルギーが自然発生的に溢れます。
一定のテンポの中で存分に表現したいですね。
練習番号 B
さて、主旋律が形を変えつつ繰り返されると同時に、様々な要素が一気に流入してきます。
主にフルート群が担当する十六分音符による装飾ですが、この曲全体を通してハーモニーと一致しているとは言い難い場面(m.29 などが顕著)もいくつかありますので、力を抜いて演奏しましょう。
中音域の対旋律は上述の通りオーソドックスなものですが、主旋律に比べて抑揚を持たせやすいように感じます。上方への跳躍と変位音がバランスよく配置されているからでしょうか。
練習番号 D
8小節のうち前半の4小節、一見して分かる通り2小節単位で反復されるものですが、この二つの調性が異なっている点は意識したい点です。
予告なし、加えてドミナントを伴わない転調ですので、4小節ではなく2小節+2小節として独立したものとして捉えた方が良いかもしれません。
練習番号 E
前半の締めくくりですね。
主旋律と対旋律がきれいに反行しており、良い場面だと思います。
練習番号 G
対旋律は順次進行か分散和音によるシンプルなものが目立つと先に書きましたが、練習番号 G だけは少々様相が異なります。
主旋律と呼応した、掛け合いの楽しい進行でとても立体的な音楽に感じられます。
16小節間、大らかな会話を楽しみたいですね。
一点だけ注意するなら15小節目(m.73)に登場する A音(ラのナチュラル)。
二つのメロディだけに注力していると「音が外れた」ように聞こえますので、ホルンのハーモニーを少々前面に押し出したい場面かと思います。
練習番号 H
第二マーチがやや変化を伴って再登場します。
細分化されたハーモニーはドミナントの力が強く、前半に比べてより切迫したエネルギーが生じています。
特筆すべきは4小節目、1-2拍目は前の小節から「和音そのもの」が掛留されています(トップノートは移動していますが)。
サックス、トランペット、そして低音パートを「せーの」でロングトーンしてみれば、その強烈な響きに驚くかもしれません。
西洋音楽として珍しいものでは無いですが、この曲では他にこのような使用場面がないので、とても印象に残りました。
練習番号 I
ここも再現された場面ですが、前半と違い調性が異なるということはありません。
クライマックスに向けて大きな cresc.をイメージしたいです。
m.83 からは全てのパートが一段ずつ上昇しているのですね、感じるままに一歩一歩踏みしめて上れば良いかと思います。
練習番号 J
4小節間に渡る cresc.を受けて、かつ転調を挟んだ、いよいよ感満載のクライマックスです。
そもそもこのマーチの主要なメロディは下方に引っ張られる力が強いと思いますが、だからこそ明快に上方へ跳躍するトロンボーンを中心とした中音域の対旋律は映えますね。
最後に
曲想を思えば意外に ff が少ないです。
前後半二箇所の低音による第二マーチとトリオの入り、計3度しか登場しません。
クライマックス(練習番号 J )でも終結部でも f(ワンフォルテ)です
青春一色の若々しくてエネルギッシュなサウンドを期待しています
スコア解説文より
・・とは言うものの、響きを大切にという作曲者からのメッセージが現れたスコアのように思いますし、「青春ひゃっほーぃ!」のような世界観でないことは明白です。
個人的には、多少甘酸っぱい思いを引きずった学校からの帰り道・・のような風景を思い浮かべましたが、いかがでしょうか?