徹底された動機の展開、自在なハーモニー、過不足のないオーエケストレーションなど、短い中にも非常に多くのエッセンスの詰まった佳曲だと思います。
サーカスの妙技のように、いかに笑顔でさらっと駆け抜けられるか・・
取り組むべき課題は多いですが、いずれもしっかりとした根拠があるものです。まさに「課題曲」ですね。
この記事は今年6月5日、相愛大学において行われる「全日本吹奏楽コンクール 2022年度課題曲講習会」で使用する草案として作成しているものです。
課題曲II マーチ「ブルー・スプリング」はこちらからどうぞ。
当日はモデルバンドでの実演を挟みながら、もう少し踏み込んだ内容になるかと思いますので、ご興味のある方は是非ご来場ください。
入場無料ですが、事前申し込みが必要とのことです。
では、まずは曲を構成するメロディやハーモニーについて触れ、その後にいくつかの場面を順に追っていければと思います。
全体の印象
メロディについて
躍動的な第一マーチ、そして対照的に息の長いトリオのメロディがとても印象的。
メロディというと高い音に目が行きがちですが、この曲はベースラインもとても音楽的。
「行くべきところに行く」というシンプルなエネルギーを湛えた、良い音楽だと思います。
付点や十六分など、ちょっとつまづきそうな要素も少なくありませんので、走りすぎないようには気をつけたいところですが。
ハーモニーについて
転調や借用(他の調から一時的に和音を借りた状態)が多く、まずはしっかりと一つ一つの響きを把握することが大切になりそうです。
どの和音も「それ自体」は単純なものですが、流れ行く文脈の中に放り込まれるとなかなかすっと理解できないものもあるかもしれません。
臨時記号の多さにあまり尻込みせず、色彩豊かな音楽を目指して一つ一つ丁寧に縦を合わせて行きましょう。
オーケストレーションについて
曲想に反してと言ってはなんですが、不足もなければ過足もない、とても堅実なスコアと感じました。
「過足がない」とはとても理想的な状態です。
だいたい喋りすぎてしまうものですので・・(自戒を込めて)。
必要以上の人員が演奏に駆り出されることはないということは、一人一人の奏者を信頼し、より大きな責任を持たせているという側面も持ち合わせています。
また、入り組んだ場面でも注意深く音が選択されており、響きはクリアです。
では、少々駆け足になりますが、曲の進行に従っていくつかの場面を拾っていきたいと思います。
なお、m.◯ は小節番号を表しています。
シーンごとの印象
イントロ
第一マーチの主題の一片が次々と積み重なり、とても賑やかな導入部です。
複雑に見えますが 3,4小節目は同一の和音ですので、ワンツスリーーーですね。
さらっと同主短調に寄り道しているのが実に面白いです。
そう、この曲は調性が本当に面白い。
この始まり、B dur(変ロ長調)かと思いますよね。
実際、練習番号 A で B dur に突入しても違和感は特にないかと思います。
そこで「そうじゃない、この曲は F dur だ!」と気を張るのが6小節目4拍目のホルン群です。
この和音をきっちり決められるかどうかで第一マーチへの橋渡しの印象が大きく変わりそうです。
これは F dur のドミナント、ドミソシ♭の和音ですね。ソの音がラ♭に変位しているため掴みづらいですが、この和音こそが調を F dur たらしめています。
一度6小節目4拍目と7小節目1拍目裏の2つの和音を取り出し、これらをスラーでつないで演奏してみてください。
ごくごく自然な流れを感じられるかと思います。
実際はホルンはそのまま裏打ちに入ります、しかしハーモニーの流れは全体で共有されるべきものですので「合ってるかどうかよう分からん」まま次に行ってしまわないことが大切です。
練習番号 A
8小節の楽節ですが、一見一聴して分かる通り、2小節単位で非常に大きな落差を求められます。
ピアノ一人で演奏したならばオーソドックスなメロディとベースラインのデュエットのようで別段なんと言うこともないのですが、大編成吹奏楽となるとそう単純な話でもなくなりますね。
昔、オーケストラ練習場である外国人指揮者のリハを見学していた時に、幾度となく「Question & Answer」という言葉を発していたのをよく覚えています。
英語がダメダメな私であっても、その言葉の意味することはとてもよく分かりました。
この8小節は大きく二つに分けて 4+4、さらにそれは 2+2 から成っていますが、この 2+2 は会話のキャッチボールのように捉えて良いかと思います。
2小節で問いかけ、2小節で応じ、また2小節で問いかけ、さらに2小節で応じる。
調性に支配されている楽曲は大なり小なりこのような構造を持っていますが、この作品はその性質をやや極端なくらい意識して丁度良いのではと感じました。
p から f まで4つの強弱記号が散りばめられている点も忘れずにいたいです。
絶対的なものと捉えるか、相対的なものと捉えるか・・色々考えてみたいスコアですね。
m.10 のトランペットは固い響きになりますので、あまり力みすぎなくても良いと思いますけれど。
練習番号 B
主題が金管に移ります。
イントロ6小節目でホルンが気を張るというお話をしたばかりですが、B の4小節目(m.18)に全く同じ形が出ています。
ここはトロンボーンとベースラインの助勢がありますのであまり難しく考えずに良さそうですね。
大切なことなので繰り返しますが、m.6 と m.18 の4小節目は同じです。
さて、この練習番号 B が次の第二マーチに向けて短調で締めくくられるのがなんともオシャレで秀逸。
突然の転調が違和感なく受け入れられるのは、それまでに何度も As音が登場しており、結果的に予告となっているからでしょう。
練習番号 C
非常に力強い低音が格好良いですね。
やはり2小節単位で目まぐるしい、実に落差の大きな展開です。
加えてここまで明確に強弱記号を書き分けられている以上、それに応えた表現をしたいですね。
さて、、講習会当日はどこでこの話をしようかまだ迷っているのですが、音の変位についてのお話を少し。
例えばドのシャープとレのフラット、あるいはドのフラットとシのナチュラル、時にはドのダブルシャープとレのナチュラル・・
異名同音あるいはエンハーモニックと言われるもので、音名(ドレミ)は異なりますが実際は同じ音のことを言います。
「要は同じ音じゃん」「ややこしい見にくい」「嫌がらせか」etc…
まぁ最後のは極端にしても、結構不評だったりするんですよね。
気持ちが分からないことはないのですが、答えとしてはやっぱり「同じではないし、書き換える理由がない」となります。
その理由について、無尽蔵に時間があれば徹底的に説明したいところではありますが、楽譜というのは一つの言語のようなもので、読み書きの習得には相応の訓練が必要です。今、そんな時間はありません。
ですので、もっとも身近な言語、日本語に置き換えて考えてみましょう。
「わたしは・・」と「わたしわ・・」どちらも同じ響きですが、皆さん頭の中で「は」と「わ」を明確に使い分けていますよね?
まぁ「わたしわ」という表記にハマる時代もあるかもしませんが一過性のものでしょうし、試験の回答用紙や履歴書には決して使わないはず。
就職活動のエントリーシートで「わたしわ・・」などと書き始めようものなら、その地点で落とされると思います。
「同じではないし、書き換える理由がない」の意味が伝わりましたか?
ドのシャープとレのフラットも同じで、響きは同じでも文字が違うと思っていただければ良いかと思います。
では、文字が違うとは何なのか・・
基本的にシャープは上に、フラットは下に向かう力が強いです。と言うより、そのエネルギーを強めるために半音上げたり下げたりしているのです。
つまり文字が違うとは音の指向性が違うと言い換えて良いかと思います。
音が進みたがっている方向にそっと手を差し伸べたり、時にはぐいっと背を押してあげたり、そんな僅かな人為的導きが音楽に深い表情をもたらします。
練習番号 C の締めくくり、m.34 のベースライン、レのシャープとレのフラットが登場しますが、上に向かう力、下に向かう力を体感しやすい箇所かと思います(一瞬で通り過ぎる箇所ですが)。
発生するエネルギーを的確に表出できると、よりワクワクドキドキするような音楽となるかもしれません。
補足ですが、何事にも例外がつきものなのが世の常、たまに予想外の音に向かうこともありましょうが、その時はその時・・です。
練習番号 D
落ち着きのあるトリオ、とても美しいですね。
書けそうで中々書けない、とても良いオーケストレーションだと思います。
弦楽オーケストラのスコアリングのようにも感じます。
練習番号 E
この曲は全体的にメロディがオクターブ重複されている場面が多く、特に中音域のバランス感覚に優れたスコアです。
ここでは2オクターブ離れた重複となります。
4小節間、ハモリのパートが 2nd フルートのみなのは要注意です。
とは言っても、あまりハマりきらない音かとは思いますので、縁取りくらいで良いのでしょうか。
注意したいのは新たに参入してくる要素について。
マーチの定石として主題のメロディが繰り返される時、2回目はオブリガードとも呼ばれる対旋律が登場します。
(多くの場合、ユーフォあたりを中心とするアレです)
この箇所はどうでしょうか。
メロディとハーモニーを担当する楽器が移り変わっているだけであり、新たに参入してくる要素と言えるのは・・打楽器ですね。
「課題曲マーチ」となると、なぜか打楽器が極端に隅に追いやられている演奏を比較的よく耳にしますが、盲信的にそのようにしているのであればここはしばし歩みを止めて考えてみてください。
メロディもハーモニーも、そしてリズムも、それぞれがそれぞれに雄弁であるべきかと、私は思います。
練習番号 F
主題の断片が層になって飛び交いながらクライマックスを目指します。
m.60 はなぜハーモニーとメロディを一致させなかったのでしょうね。
作曲者にお会いできる機会があれば是非伺ってみたい点です。
練習番号 G
堂々たるグランディオーソ、実にシンプルな譜面。
このような場面でここまで「抑えられた」課題曲は中々ないのではないかと思います。
練習番号 H
Tempo I という、ある意味そっけない標語なので見落としがちですが、140 でしたので瞬間的に加速。
メロディは金管から木管にバトンタッチ、金管はそれぞれのグループで忙しくなりますが、必要以上に慌ただしくならずきっちりと役割を果たしたいです。
ミステリの伏線回収の如く一気呵成に曲が閉じられます。
トリオ以降落ち着いていたハーモニー進行は再び慌ただしくなりますので、勢いに流されず一つ一つ丁寧に。
打楽器もまたオンリーワンなものが少なくないので、効果的な表現を考えたいです。
最後に
静と動とまでは言いませんが、それでも実に上手く書き分けられた二つの場面が素晴らしい作品ですね。
前半は「サーカス小屋」というタイトル通りの音楽だそうです。
トリオはどのような情景なのでしょうね?
単に休憩中・・では「芸がない」でしょうし、何らかの心象風景なのでしょうか?