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2023年度 全日本吹奏楽コンクール課題曲II 「ポロネーズとアリア」〜吹奏楽のために〜雑感&解説

課題曲 I 行進曲「煌めきの朝」では英雄ポロネーズ(ショパン作曲「ポロネーズ第6番」)にアイディアを得ていた箇所がありました。

こちらでは軍隊ポロネーズ(同「ポロネーズ第3番」)が使用されているのですね。

これは偶然と思いますが、そもそもショパンのポロネーズって実は結構吹奏楽的なのかなとも思いました。

もうアレンジは世にあるのかしら。

この記事は今年6月4日、相愛大学において行われる「全日本吹奏楽コンクール2023年度課題曲講習会」で使用するための草案として作成したものです。

当日はモデルバンドでの実演を挟みながら、もう少し踏み込んだ内容になるかと思いますので、ご興味のある方は是非ご来場ください。

入場無料ですが、事前申し込みが必要とのことです。

課題曲 I 行進曲「煌めきの朝」はコチラからどうぞ。

課題曲 IV マーチ「ペガサスの夢」はコチラからどうぞ。

ポロネーズの特徴は

・ゆったりとした四分の三拍子

・第一拍に細かい音符が来やすい

・三拍目で終止(女性終止)する

あたりでしょうか。

舞曲ですので明快なアクセントとリズムを持ちます。

三拍子の音楽形式はいくつもありますが、例えばワルツなんかと比べるとポロネーズはとても強い推進力を持っています。

裏拍が表拍に進もうとする力が強いんですよね。

作曲者のコメントにもあるように、ボレロ的な十六分の三連符も含まれた強烈な生のリズムが全体を支配しており、ドラマティックな楽想をぐいぐいと引っ張っていきます。

余談ですが、ショパンの楽譜でまず思い浮かべるのが「パデレフスキ版」(我が家にあるのもこれ)、

このパデレフスキなる人物はピアニスト・作曲家でありながら

何とポーランドの首相を務めたことでも知られます。

二足のわらじにしては凄すぎ・・

全体の印象

音の拡がりという点が視覚的に認識しやすい譜面です。

楽曲の構造における基本のキとして「反行」という考え方があります。

上声が上に行けば下声は下に(音が広がる)、逆に上声が下に行くなら下声は上に(収縮)。

そのような視点でパラパラとスコアをめくるととても立体的に見えてきませんか?

特に cresc.時にはこの動きが徹底されており、自ずと熱のこもった演奏となるはずです。

メロディについて

ポロネーズは一拍目に動きを伴うことが多いとは先に記した通り。

メインテーマは短和音上の 9th の音で留まっている瞬間も多く(m.9, m.11, m.14 の2拍目など)、それが情熱的な世界観の形成の一助ともなっているかと思います。

下降を主とするこのメロディ自体も明らかに軍隊ポロネーズの影響下にあると感じました。

そして、中間部分のアリアはオペラ・アリアそのもの。

作曲者のプロフィールによると声楽科として入学し、作曲科を卒業されたとのこと。

なるほど。

楽曲全体のスコアは 17ページ、うちアリアは4ページしかありませんが、一つの歌曲として十分な存在感を放っています。

男女の二重唱からの合唱 tutti まで詰め込まれた充実の4ページ。

ハーモニーについて

ハーモニーの選択による緩急のつけ方がとても上手いなと感じます。

例えば練習番号 A と練習番号 B を比較すると、A では一小節単位で移り変わるハーモニーが B では次第に細分化されていきます。

ベースラインの半音階がまた良い味出してますしね。

オーケストレーションについて

良く鳴るように設計されたスコアだと思います。

個人的に一番印象的なのは、トムトムが実に雄弁であることでしょうか。

ダンスミュージックということはないのですが、しかしそのエネルギーを十分に湛えた譜面。

ポロネーズでは常に打楽器がリズムを縁取っているのに対し、アリアではすっと姿を隠します。

極端に薄いオーケストレーションであることもあいまって、その対比の落差に引きずられない意志が必要ではあるかと感じました。

シーンごとの印象

イントロ

属和音でスタート、6小節かけて緊張感を高めます。

主和音にたどり着きたいと言う強い欲求こそが本質、6小節目は終着点でないことを意識しておきたいですね。

6小節目、最低音のみ四分音符ということで、ある程度の重さが必要かなと思います。

上声ではスラーでつながれた八分にはアクセント記号がありませんが、まぁ付けても良いのでは。

練習番号 A 

2小節間の序奏ですが、木管のアクセントが3拍目にあるのは印象に残りますね。

全体が減衰するなかで意固地で f を維持するということでもないでしょうし、これは音量というより重心でしょうか。

私なら革モノのロールか何かいれてしまうだろうな、と。

3小節目から始まるテーマと同じ高さの D音ですので、うまく誘い出せるような表現を研究したいですね。

一連の流れの中、m.11 の3拍目だけ低音が四分音符であるのは V → I という和声的な動きを意識してほしいということかと思います。

m.12 の3拍目ですが、和音を変えても良さそうなところで変えなかったというのは、私にとって最初は意外でした。

しかし何度か聴いているうちに、変えなかったからこそ、次の小節に進むエネルギーが失われなかったのだと理解。

金管とフルートが鳴り響く中で参入してくるクラ、サックスのアウフタクトを綺麗に聴かせるのは至難でしょうか。

メインはその前からメロディを取っている中低音パートであり、参入パートはあくまでも縁添えくらいかなと思います。

練習番号 B

8小節目(m.24)の女性終止が耳に残りますね。

弱拍での終止に加えて自然短音階(Fis 音にあがらず F 音のまま)ということもあり、すっと一歩引いてまとめたいです。

練習番号 C

”何が” というわけではないのですが、「さくらのうた」や「天国の島」など、往年のヒット課題曲を想起させる曲想ですね。

節回しでしょうか。

m.32 で駆け上がる三連の分散和音ですが、3拍目をしっかりはめたいです。

トランペットによる sus4 の響きも合わせて大切になさってください。

練習番号 D

フルート族のトリルは後述します。

2小節目の「タリラ♬♪」かっこいいですね。

かなり音が立ちますので、あまり力まなくても・・と思いますが。

ポロネーズの序奏(m.7)にあった十六分の三連符、ここでは頭にスフォルツァンドが付いています。

こうなってくると、重心は頭なのかお尻なのか悩ましいですね。

序奏ではトロンボーンが D音から退いていたのに対し、こちらは維持していることもありますし、ひょっとすると違うフレーズとして(次のフレーズの一部)書かれているのかな?とも思います。

いろんなメロディが同時進行しますが、楽譜を良く見ると、どれとして同じタイミングで動いていることはないと分かります。

m.43 ここは軍隊ポロネーズから着想を得た箇所です。かっこいい。

ここまで楽節の切れ目は g moll の V か I の和音でしたが、ここは B dur への移行を決定する重要な瞬間です。

練習番号 E

豪華なとか華やかなという意味を持つ “Pomposo” という指示にぴったりなサウンドが期待される譜面ですね。

ページ全体を見渡すと、臨時記号が一気に減っているのが分かります。3小節目の Ges音だけでしょうか。

次の “Tempestoso” と、これでもかというくらい対比をつけているのが分かります。

リズムもポロネーズからボレロへ移行しているような雰囲気も感じられますね。

練習番号 F

練習番号 B で見られたベースラインの半音階下降がより拡充された形です。

先の楽節とは一転、臨時記号もまた嵐のようでありますが、十六分を一度取り払ってしっかりとハーモニーを掴んでください。

練習番号 G

ゴリゴリにカッコいい半終止を経て、美しいアリアに移ります。

フェルマータは付いていないので、属和音(m.56-57)から I への解決(m.58)という流れは必要かと思います。

この楽節、とても美しいのですが、怖い入り方でもありますね。

四重奏とするのか四声のクワイアとするのかは各団体に委ねられているようですが、いずれにせよ、とてもシビア。

前小節から cresc.で繋がれているシンバルは作曲者の優しさだなぁと感じました。

メロディは偶数小節ごとに倚音を持ちます。

6小節目を頂点とする、なだらかな「山」をイメージされると良いですね。

ポロネーズが下降音型を主としていたのに対し、こちらは上方への跳躍が目立ちます。

良い対比ですね。

最終小節でトロンボーン2が D音を打ち直しているのは、次の小節と音楽的につながっているということを伝えたいのだと思います。

楽譜上にはありませんが、G音(あるいは G dur の主和音)への着地をしっかり意識されてください。

もし音楽が止まるのであれば、m.65 ではなく m.66

練習番号 H

木管に移った音楽は変奏されながら m.73 の f を目指します。

コード名を書くなら C#m7-5 というハーフディミニッシュになろうかと思いますが、ルート音は省略された A音であり、いわゆる属九の和音が正体です。

m.72 の un poco rit. は六連符に対してもかかるので、poco とは言えやや大げさに表現されるべきでしょうか。

でも riten. ではないので、まぁそこそこに・・というメッセージも感じられます。

余談ですが、私なら何も考えずに五連符で書くだろうなと思いました。

一拍目に音があるかないかでかなり印象が違うものです。

練習番号 I

m.73 で一つの山場を迎えましたが、頂点を先送りにしてもう一度高みを目指すこの書法、シンプルながら実に効果的。

ここでもタイで繋がれた六連符が豊かな表情を求めてきます。

m.79から現れる属音保持(低音の D音)と m.83-84 ですんなり I の和音に入らずフェイクを入れるなど、(作曲家にとって)とてもお手本的で、かつ見事にその役割を果たしている楽節です。

m.85 の安息に至るまで、丁寧に decresc. したいですね。

練習番号 J

ポロネーズに回帰しますが、ここは回想的というか序奏的というか。

m.92 からのチューバが印象的。

最低音というより ホルン 4th というイメージの方が近いでしょうか。

単旋律で始まったテーマは8小節の間に急激なハーモニーを纏います。

m.94 3拍目でいわゆるモーツァルト五度を経てドミナントへ。

そして堂々たる再現に入ります。

練習番号 K

ポロネーズに回帰して以降は前半に比べて展開が駆け足です。

再現部というより終結分と言えるかもしれません。

練習番号 L

一つ前の小節(m.103)、管楽器の終止は必ず decresc. となると思いますが、打楽器は強引に cresc. し、やや意外性を持って Tempestoso へつなげられました。

三度 2小節をかけての cresc. が登場しますが、真ん中の着地点だけ sf なのはどうしてだろう。

現代の吹奏楽作曲家の譜面を見ていると、sf を絶対的な音量を想定して用いる作曲家と発想記号的なニュアンスまで含めて用いる作曲家の2パターンに分かれていると思いますが、ここはどうなのでしょうね。

素直に考えれば、f < sf < ff というレンジ分けで良いかもしれません。

練習番号 M

G dur で生き生きと終結します。

この楽節ではカデンツァを取らず、ハーモニーも全て平行移動ですので、これまでの勢いそのままに締めくくりという感じでしょうか。

ポロネーズというよりはボレロのようで、まさに乱舞といった様相。

フルートの高い G 音トリルは練習番号 D にも登場していましたが、ここは長さもあってより大変です。

東京佼成ウインドオーケストラのピッコロ&フルート奏者、丸田悠太さんの動画がとても分かり易かったです。

勝手にリンクを貼ってよいか分かりませんでしたので、ご自身で検索なさってみてください。

最後に

文中にも書きましたが、どことなく往年の人気課題曲の香りを残しつつ、しかしアイディアに溢れた素晴らしい作品であると思います。

曲の性格上、重心の置きどころやアクセントの位置が明瞭で、全体像を捉えるのに苦労するということはなさそうです。

技術的に平易ということはないかと思いますが、練習しがいのある(そして報われない努力の少ない)、まさに課題曲であると感じました。

蛇足

最後、まこと蛇足ながら近作の宣伝をさせてくださいませ。

今年三月に行われた “響宴” において、私にとって久しぶりの行進曲が演奏されました。

当日のライブ録音が発売されましたので、ご興味のある方はぜひ!