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2023年度 全日本吹奏楽コンクール課題曲IV マーチ「ペガサスの夢」雑感&解説

実に優しさと配慮に満ちたスコアであると感じます。

近年は本当に小編成の学校が増えましたね。

それに伴い、市場では小編成のための楽譜やいわゆるフレックス譜というものが活性化しております。

しかしながら、この「小編成」という言葉はなかなか難しく、小編成の “ために” 書かれているのか、小編成 “でも” 出来得るものなのか、そもそもの定義が曖昧だったりします。

連盟が指定する小編成とは、市場においては中編成あたりかと思います。

言葉の定義はさておき、いずれにせよ小編成の “ための” 楽曲を公募しているわけではないので、作曲家はいろいろ悩むことになります。

現実として、あらゆる団体を想定してスコアリングするのは不可能。

ですが、この課題曲は細部までよく配慮されており、作曲に当たっていろいろ苦労されただろうなぁと感じました。

その点について解説ではもちろん、編成表の注釈としても言及されています。

この記事は今年6月4日、相愛大学において行われる「全日本吹奏楽コンクール2023年度課題曲講習会」で使用するための草案として作成したものです。

当日はモデルバンドでの実演を挟みながら、もう少し踏み込んだ内容になるかと思いますので、ご興味のある方は是非ご来場ください。

入場無料ですが、事前申し込みが必要とのことです。

課題曲 I 行進曲「煌めきの朝」はコチラからどうぞ。

課題曲 II 「ポロネーズとアリア」~吹奏楽のために~ はコチラからどうぞ。

全体の印象

メロディについて

非常におおらかで歌いやすいのではないでしょうか。

「メロディ」というと上声に耳がいきがちですが、低音のラインもまた非常に音楽的。歌い方に加えハーモニーの成り立ちまで勉強できる優れた教材であると思います。

ハーモニーについて

まずは至るところに顔を出す減七の和音が印象的です。

他にも、借用和音(他の調から一時的に借りてきたもの)や変位を伴った増三和音などの登場が実に効果的。

さらに言えば通常の三和音であっても、転回されている状態(ベースが根音でない)も多く、シンプルなスコアからは想像できないほど豊かな響きを持っています。

この曲のすべてのコードネームを書き出すというのはなかなか手のかかることになるでしょう。

変位を伴った和音というのは装飾的に発生しているものが多く、その瞬間瞬間の響きに固執するより、どこに向かっている和音なのかを常に意識したいものです。

オーケストレーションについて

冒頭で触れた通り、種々のバンドに起こりうる様々な問題に事前に対処しようと試みられている、非常に丁寧なスコアです。

三和音を奏する場合、3管のパートであれば概ね上から高い音を割り当てるものですが、このスコアでは逆転していたり重複していたり。

練習番号 J のトランペットなんて顕著ですね。

2番と3番がこの割り振りなのは音の高さではなく、重要度を鑑みて上から割り振られています。

つまり 3rd が不在でも響きが成立するように書かれているわけで、冒頭で「優しさと配慮に満ちた」と表現した次第です。

編成の都合による塩梅を作曲家が取るのか、現場が取るのか。

最終的には各団体に委ねられることでしょうが、このスコアはその考えの一助を与えるに十分な役割を持っていると思います。

そして何より、さすが長きに渡り一線で活躍されてきた作曲家・・ということで、オーケストレーションや対旋律の配置が実に見事です。

シーンごとの印象

イントロ

ペガサスとは翼を持った馬・・?となれば、パッカパッカの八分の六拍子となりますね。

爽快な導入ですが、四分の三拍子と交錯しているような様相もあり、なかなか手強いのでは?と感じました。

6/8 と 3/4 の交錯といえば音楽史にいくらでも使用例がありますが、私なんかはこれを思い浮かべます。

この曲ほど明確にアクセントが移行しているわけではありませんが、音楽が進みリズムに乗り切る前にこの交錯が登場するので、十分に気をつけたいところです。

m.5 から属調に転調しています。

m.6 はいわゆる属七の和音ですが、非常に重要な F の音がホルンの 2nd にしかないので(遅れてクラとトランペットが入り込んでは来ますが)少々終止感が弱いかもしれませんね。

出だしの十六分がしっかり十六分であることも、このイントロを成立させる重要な要素かもと思います。

練習番号 A

非常にシンプルなハーモニーに上品なメロディが素晴らしいですね。

いずれも教科書に載ってそうなほどお手本的です。

トロンボーンは断続的ですが、ハーモニーの流れは常に意識していたいところ。

すべて付点二分で練習してみるとメロディとの関係性が見えてくるかなと思いました。

そして全曲を通じてですが、フレーズの収め方についてなかなか細かく要求されています。

例えば、主旋律が m.13 では前の小節からタイで四分音符に繋がれていますが、m.16 では八分音符になっています。

m.13 では他の音符が全て八分音符ですので、メロディだけ四分音符の長さを厳密に維持するのかどうかということはさておき、これはぜひ作曲家の思いを汲み取りたいところです。

そう、作曲家の思いや願い、ときには祈り・・というのは楽譜の細部に現れるものです。

先ほどハーモニーが転回されている場面が多いと申し上げましたが、これはベースラーンが饒舌になるとも言えます。

メロディとベースラインの二重奏という側面が強くなり、音楽の成り立ちとしてとても自然です。

練習番号 C

ここまで非常にシンプルな構造を取っていた本楽曲がいよいよ躍動し始めます。

m.43-44 の流れがとても秀逸、グッとくるハーモニーを連続させながらもとても美しくまとめられています。

そして、小節線ギリギリまで伸ばされた cresc. をどう処理するかを冷静に考えておきたいですね。

練習番号 C,D の中でこの形は都合4回登場します。

これ自体は特に深く感じることもありませんが、問題はその後どのように繋がっているのか、です。

一度目 (m.45 ) は mf 、二度目 (m.53) は f 、三度目 (m.61) は p 、四度目 ( m.69 ) は ff・・と、なんとすべて細かく書き分けられています。

一度目と三度目は、どちらかと言えばちょっとふんわり収めたい雰囲気もありますが、それは作曲者の意図しないことなのでしょう。

三度目は必ず subito p となりますが、一度目はどうでしょうね。

いずれにせよ、m.45 で mf に到達とはいっても楽器数が一気に減るわけです。

音量というよりは音楽的な重心が求められる箇所かなと思いました。

松葉 cresc. がついていない断続的なパートはどうするのかも明確にしておかないといけませんね。

練習番号 D

前半は短調に移っています。

それにしても対比の美しい楽節ですね。

一点ご提案と言うほどのものではありませんが、m.63 のメロディライン、2拍目真ん中の E音にぜひナチュラルを打っておいてください(クラ・サックスはシャープ)。

楽典上は不要なものですが、本来の調号で書いたならば必要なケースです。

ここが半音であることは意識しておきたい。

練習番号 E

さらりと下属調に転調し、おおらかなトリオに入ります。

非常に息の長いメロディとなりますが、あまり後押しせず、推進力を持って奏したいですね。

m.81 からホルンのハーモニーも加わります。

助力のない独立した動きをしていますので、不安定にならないように。

(毎年多くの課題曲マーチを聞かせていただきますが、このようなハーモニーがハマりきっていない団体が多くて…でございます)

練習番号 F

何気ないベースラインのようにも見えますが、6つの和音のうち半分の3つが第一転回形ということで、勇壮ながら柔らかい響きが特徴的です。

この楽節の最終小節ですが、メロディが八分音符で切れているのに対してベースは四分ですね。

この処理は楽曲中ここだけ・・意図的なものなのか、流れ上たまたまそうなったのかはわかりませんが、ここまでのベースラインが四分で書かれている意図は十分に汲み取りたいです。

練習番号 G

f で繰り返しということになりますが、強弱に加えてハーモニーがしっかり拡充されている点に注目してください。

転回形の登場がぐっと減りますので、響きに安定感がもたらされるはずです。

練習番号 H

練習番号 F との対比は明らかで、加えてホルンらしい音型が気高い雰囲気を作り出しています。

四分の二拍子にならないよう(十六分が登場しないよう)気をつけたいところです。

練習番号 I

連続する減七の和音が印象的ですね。

あえて調性をつけるならば Ges dur → Fes dur → es moll → des moll → Ces dur ということになりますでしょうか。

減七の和音とは3種類の響きしか存在せず、故に一つの響きは多くの調で共有されています。

ですので、この和音を転機に転調しやすいわけです。

作曲家から見ればとても便利な和音ですが、奏者からすれば一つ難点がありますね。

どうしても楽譜が見づらくなってしまうこと。

後半ではダブルフラットも登場しますが、まずは冷静に一つ一つの和音を捉えてください。

des mol、変ニ短調という珍しい調に寄り道しますが、これは課題曲 I でも似たような箇所がありました。

あちらではシャープ系に書き換わっていました。

ダブルフラットや F音のフラットを用いてもフラット系を維持するか、全体をシャープ系に一転するか・・これは書き手の趣味や考え方に寄るところが大きく、奏法上の違いはありません(たぶん)。

最終的に b moll を醸し出しながら B dur へ回帰しますが、やや急ぎ足な転調ですので、m.150-151 のカデンツァをしっかり意識してください。

練習番号 J

先ほどいろんな減七に寄り道しながら転調を繰り返していましたが、これ以降も隙あらば減七の響きが顔を覗かせます。

和音の揺れが面白い箇所ですので、ぜひ響きの妙を味わってください。

練習番号 I で登場した減七には和声的な機能が強く出ていました。

しかし、ここでの使用例は偶成和音といい、(それぞれの声部がいろんな音にお邪魔した結果、偶然出来上がった和音という考え方)そのような側面はありません。

同じ和音ですが、鋭い響きか丸い響きか・・というイメージを持たれると良いかも。

練習番号 K

前半4小節は F dur に転調しています。これは意外で面白いですね。

そして、最後の最後(m.183)、ここもまた減七です。

フォルテピアノ (fp) ではなく、2小節かけて減衰していきますが、木管はかなりしっかり吹かないといけないかもしれません。

特に下の声部はめちゃくちゃ埋もれやすいかなと思います。

一般的にほとんどの調性音楽では V → I という進行をもって曲を締めくくりますが、この曲はそうではない・・と見せかけて実はありました、グロッケンに。

最終小節ではわざわざ付点四分で書いてあるほどですから、作曲者も狙ったものでしょう。「V → I 」とはざっくり言ってしまえば「チャン♪チャン♪」という、ザ・締めくくりです。

グロッケンの澄んだ音で印象的に曲を終わりたいですね。

最後に

伝統的な様式に則った格調高い楽想、シンプルながらアイディアと優しさに富んだスコア、奏者の皆さんが一夏をかけるに値する一曲だなぁと思います。

私自身、現地点でこの記事を作成するために譜読みした程度ですが、これから夏にかけて目にするたびに新たな発見がありそう・・

作曲者の思いがにじみ出た人間味のあるスコアでした。

蛇足

最後、蛇足ではありますが、少しだけ拙作の宣伝をさせてくださいませ。

今年三月に行われた “響宴” において、私にとって久しぶりの行進曲が演奏されました。

当日のライブ録音が発売されましたので、ご興味のある方はぜひ!