スコアに記載されたプロフィールによると当時高校三年生、つまり作曲時は二年生だったということでしょうか。
私の「火の断章」が課題曲であった2008年度にも高校生の作曲者がいましたが、いやはや・・ただただすごいなぁと驚嘆するのみです。
この作品は練られた味わい深さというものは当然ありませんが、極めてしっかりとした和声感覚の下に書かれており、加えてなかなかチャレンジングな発想の面白い行進曲です。
特に素晴らしいと感じた点は、(いわゆる課題曲マーチでありがちな)単なる音の羅列ではない、様々なサジェスチョンに満ちたオーケストレーションであることです。
この記事は今年6月4日、相愛大学において行われる「全日本吹奏楽コンクール2023年度課題曲講習会」で使用するための草案として作成したものです。
当日はモデルバンドでの実演を挟みながら、もう少し踏み込んだ内容になるかと思いますので、ご興味のある方は是非ご来場ください。
入場無料ですが、事前申し込みが必要とのことです
課題曲 II 「ポロネーズとアリア」~吹奏楽のために~ はコチラからどうぞ。
課題曲 IV マーチ「ペガサスの夢」はコチラからどうぞ。
全体の印象
メロディについて
ハーモニーから派生した表情豊かなラインが美しいですね。
二拍子のマーチですが、メロディそのものは 2+2 の四拍子として形成されている印象です。
「どのような表情を持たせて欲しいか」が明確な楽譜であり、しかし過大な束縛もなく、とても演奏しやすいのではないでしょうか?
ハーモニーについて
作曲者は3歳からピアノを始めているとのこと。
そうだろうなと思いました。
吹奏楽が入り口であった人とピアノが入り口であった人の書く曲には結構違いがあります(特に学習段階〜初期)。
ハーモニーに対する感覚、そのスコアリングにそれが出ると思っているのですが、この曲のようなメロディとハーモニーの密接な距離感は「常に一人で完結しながら演奏してきた」人間のストレートな発想です。
割と自由に調を行き来するのもそうでしょうね。
是非ともご本人のピアノでこの曲を聴いてみたいものです。
オーケストレーションについて
メロディやハーモニーに多くの創意工夫が見られるのと同じく、オーケストレーションも面白いですね。
打楽器にも十分な意義を持たせており、よくよく読んでいると作曲者のイメージする音楽がより明確に感じられると思います。
ヴィヴラフォンは、スコアから感じる印象としてはグロッケンの、つまるところ “煌めき” の補強でしょうか。
シーンごとの印象
イントロ
若々しい導入部です。
全体の4分の3が長三和音の平行移動ですので、縦をガチガチに合わせたいところです。
その長三和音ですが、この曲では度々「何か」別の音が引っ付いて登場します(その地点で長三和音とは言わなくなりますが)。
m.1 m.5 のトロンボーン2番がそうですね。付加6度の和音ということになりますでしょうか。
「付加」というくらいですから、これは後から追加された音です。
練習に際しては一旦この音を省いて、そして戻して、その違いをよく認識できるようになると良いですね。
四和音としての機能というより響きのアクセントとして用いられている印象です。
m.3 や m.9 からのメロディに見られる旋法的な音の扱い(二つ目の十六分音符が Gナチュラルであること)によって、良い意味で落ち着かない音楽になっていると思いました。
m.15 で頂点に達し ff から一気に第一マーチへ入ります。
多くの課題曲マーチがそうであったように、この作品もまた属和音からの解決(V → I )という側面がありますので、音楽的につなぐのか(減衰を伴う)、別のシーンとして扱うのか(ff で吹き切る)、事前にしっかり定めておきたいですね。
何ヶ月も練習していると、なぁなぁになってくるんですよね。
練習番号 A
16小節の楽節はまず 8+8、そして 4+4、さらに 2+2 と分けられます。
8+8 の対比は一見してわかる通り、後半の方がフレーズが細分化されてエネルギッシュになっていきます。
同じようなフレーズでもスラーやアーティキュレーションが細かく書き分けられている点は積極的に描き分けていきたい点です。
前半の8小節間ですが、3小節目(m.19)と7小節目(m.23)に倚音が登場します。
倚音については去年のマーチ「ブルー・スプリング」の解説に割と詳しく書きました。
m.19 はメロディに加えてハーモニーも倚音的、ダブルパンチです。
こういうケースでは瞬間的な響きそのものは決して安定しませんので、必ず横の流れを忘れないようにしたいです。
m.23 も同様ですね。
属音( C音)の上に II の和音( G,B♭,D)がのっかかっていますが、よくよく見ると実はセブンス。
非常に重要な F音はホルンの1番のみが担当しておりますので、次小節の E音への解決まで含めて、ちょっと意図的にピックアップされて良いかもしれません。
曲全体を通して音楽的に自由なスネアドラム、ここは顕著ですね。
色々な解釈の余地を持つ箇所かと思います。
(ここに限らずですが)ホルンの裏打ちはトロンボーンと美しく溶け合いますので、練習の際には一度リズムを取り除き、小節単位で(全て二分音符で)響きを合わせると良いかと思います。
練習番号 B
定石通り、ユーフォを始めとしたカウンターラインが登場します。
朗々と、という印象ではありませんので軽くで良いと思いますが、m34 から m.35 にかけて主旋律と同時に下降しますので、あまりふにゃけた感じにならない方が良いでしょう。
練習番号 A に同じく 8+8 の楽節ですが、こちらの後半は非常にエキサイティングですね。
初めて登場するシンコペーション、しかもその和音は減七。
減七の和音とは実に趣深いもので、死や衝動を連想させることもあれば、逆にどこまでも甘美な響きを織り成すこともあります。
文脈によって大きく性格を変える和音ですが、いずれにせよいろんな意味で強いアクセントを伴います。ここでいうアクセントとは強弱記号のそれではありませんが、この曲においてははやはりダイナミックに演奏したいですね。
余談ですが、いかようにも性格を変えられる利便性ゆえ作曲界隈には「困った時の減七」という言葉あるとかないとか・・言っているのは私だけかも。
(この曲でそのように使用されているというわけではありません、念の為)
全楽器がシンコペーションになっており、m.42 の強拍で誰も発音しないという点は要注意。これは同様の箇所がいくつかありますね。
メロディとしては m.47 の八分音符で終わり、木管楽器はスケールを、金管楽器はリズミカルな主和音を取って楽節が締めくくられます。
楽譜上は f のままでありますが、m.47 をどう捉えるかは割と振れ幅が大きくなりそうです。
練習番号 C
第一マーチを変形させた形で第二マーチが登場します。
低音の ff に対して他が mf なのは、周りはあまり騒ぎ立てるなということでしょうから、軽く縁取り程度に。
強弱記号はあくまで相対的なものですので、作曲者のイメージを汲み取りたいところです。
練習番号 D
非常に性格の強い m.57 が印象的です。やはり短調の II7 の和音はぐっときますね。
m.59 ホルンの形成するハーモニーが実は sus4 ということで、どうだろう・・・解決を先延ばしにしたことによってメロディーを落ち着かせないという意図でしょうか?
練習番号 F
かなりインパクトのある転調に誘われまして、前半を締めくくります。
イントロの再現ですが、音が二度下がっているため少々足取りが重くなるかも。
トロンボーンが付加和音を形成しているのも同じく、ただ m.83, m.87 は少々様相が異なりますね。
トロンボーン3番の取る Des音と D音は先ほどのルールでは説明のつかない音となります。11th なのか 四度堆積的なものなのか。
これは作曲者に聞いてみたいところです。
m.87 から始まっている木管のフレーズ、何気ない装飾のように見えて、実はさらっと転調・・というか、転調を確定させる音が含まれており、納得感のあるフレージングをつかむのが少々難しいかもしれません。
このブリッジはとにかく臨時記号の嵐ですが、多くは冒頭に同じく和音の平行移動によるもの。
ただ、この木管の十六分音符の中にトリオで As dur に引っ越すことを確定する、和声的に非常に重要な音があります。
それが m.90 の Des音です。ここにフラットが付いているので、m.89-92 の三和音(ミ♭ソシ♭)が As dur の属和音であると決定づけられるのですが・・・
m.91 でその音を取らなかったのはどうしてでしょうね?終止感を重視したのでしょうか。
ピアノで演奏したならば割とスッと入ってくるのかな・・?
ここもまた作曲者に意図を尋ねてみたいところです。
練習番号 G
美しいトリオです。
ちょくちょく短調に寄り道するのが良いですね。
m.99 ホルンが 7th なのは聞こえるかな・・?
他にも、トロンボーンだけを見ていると時々意外な音をホルンの誰かが取っていたりするの気をつけたいです。
練習番号 I
フルートの独壇場です。
ピッコロのソロやフルート族のソリというのはよくありますが、フルート→ピッコロの連続したソロとなると、演奏できる団体をほんの少しだけ絞ることになるかもしれませんね。
アーティキュレーションは細かいですが、デュナーミクは存外そっけない印象もあります。ソロということで、ある程度奏者に委ねられている側面があるでしょう。
メロディと並走するのか、掛け合うのか、独立するのか・・いろいろ試してください。
練習番号 J
続いてピッコロ。
ピッコロは音が立つのでバックが少々厚くなったのは良いですね。
一点気になるのは、m.150 でしょうか。
メロディ的にもハーモニー的にもここが山場であります。
ただこの小節、音がスッキリはまりにくいのではないかと感じました。
メロディは跳躍で Es音に飛びますが、この音は Des音の倚音です。
その Des音はトロンボーンが同じく上方への跳躍で到達しており、少々耳に残ります。
さらにメロディのライン(Es→ Des)とピッコロの2拍目のライン(Fes→ Des)が完全にかぶるので、どうしても不鮮明になりがちな箇所であることに注意なさってください。
練習番号 K
色々驚く仕掛けの多い曲でしたが、ここが一番!という方も多いのでは。
フラット系からシャープ系(楽譜上はハ長調ですが)への転調は、慣れてない人はかなり驚くかもしれませんね。
ただ、便宜上シャープ調で書かれていますが、変ヘ長調とも捉えられますし、であれば長三度下へのダイレクト転調は実はこの曲では再三出てきています。
標語の “Eroico” は英雄的にという意味です。
英雄ナポレオンを讃えるために作曲されたというベートーヴェンの交響曲第三番、通称「エロイカ」を思い浮かべますか?あるいはショパンの英雄ポロネーズを思い浮かべますか?
このダイナミックな転調はショパンのポロネーズに出てきます。
いやいや確かにいきなりホ長調に飛んで、かつ主和音を6回連打する・・というピアノ曲って改めて考えるととても面白い曲ですね。
一瞬「ザ・マーチ」の様相を呈しましたが、さらっと元の世界に戻ります。
m.164 からはとても素直で心地よい音楽ですよね。
m.167 でアクセントを伴って下降する四分音符は、m.171 で上昇します。
また単声で奏でられきたメロディが、三声のハーモニーに移り変わる過渡的な場所でもあります。
個人的には m.168-169 の E-Dis の半音進行もエモくて印象的です。
あまり力むと m.173 からの f の邪魔になってしまうので、少々我慢して。それもまたエモいなーと。
練習番号 L
特筆すべきは二小節目(m.174)の変位でしょう。
この箇所は今まで下方変位(全てフラットでした)で取られてきました。
ここにきて突然のシャープです。
当然ながら意味もなく書き換わっているのではなく、ハーモニーの変化に合わせられたものです。
この異名同音についてもまた去年のサーカスハットマーチ の解説記事で書いているので、よろしければお目通しください。
(記事の真ん中あたりです)
クライマックスでこの演出をできるとは、素晴らしいセンスを持った高校生だなと感じました。
構造そのものは一目で見てわかるほど単純な楽節ですね。
トランペットとトロンボーンの掛け合いを中心として組み立てられています。
基本的に互いに音が止まりながら掛け合っているので、二分音符はあまりゴリゴリと力まない方が良いでしょう。
爽やかで、でもちょっとした影はそのままに、とても印象的なクライマックスです。
終結の手前、m.202 は低音の G音以外は掛留されていますので、気をつけたいところです。打楽器のビートもなくなりますしね。
イントロにせよ、ブリッジにせよ、こだわりの限りを尽くしてきたこの曲が II → V → I という極限にシンプルな終わり方を迎えるのも、かえって意表を突かれた感じで面白いですね。
スラムダンクにありましたよね。フェンイトをしなかったことが逆にフェイントになった的なシーン。
最後に
解説に「タイで繋がれた音や休符にも工夫を凝らした演奏を」とありました。
言葉通りのスコアです。
二拍子で書かれていますが、偶数小節の頭はタイで繋がれている場面が多く、譜面を一度も見なければ四拍子に聞こえるかもしれないとは先に記した通り。
二拍子である必然性は自ずとリズム隊に委ねられることになるかと思います。
多くのメロディが弱拍起点であることは、リズムとの対比がより鮮明になるはずです。
またハーモニー進行にも十分なセリフが与えられている作品です。とても美しい。
個人的に印象に残ったのは K ですね、やはり。
転調そのものは特に何も感じませんでしたが、“Eroico” とはこりゃまた。
朝の通学路に一体何があったでしょう!
蛇足
最後、本当に蛇足ではございますが、少しだけ拙作の宣伝をさせてくださいませ。
今年三月に行われた “響宴” において、私にとって久しぶりの行進曲が演奏されました。
当日のライブ録音が発売されましたので、ご興味のある方はぜひ!
まことお恥ずかしながらいわゆる自作自演もございます。
行進曲というのは強烈なテンプレートがあるからこそ、作曲そのものはとても楽しいと個人的に思っています。
なかなか機会がありませんけれど。